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はじめに

 

 當代中国の詩人達は、口を揃えて次のように謂う。

 中国の詩人は、国家と国民を憂い!

 日本の詩人は、自分自身を愁う!

 漢詩詞は漢民族の文化であり、少なくとも本冊では、日本人が中国の伝統詩歌を創ることの目的はは、詩詞を橋梁としての文化交流を為すことである。

 もしも同じ土俵で交流しないのならば、日本にも歴史に培われた有為な詩歌があるのだから、敢えて他民族の詩歌を作る必要も無かろう。

 漢詩詞を橋梁に交流を図るのなら、日本人が先方の民族性に合わせるのは当然で、日本人の民族性である“自分自身を愁う”とするなら、敢えて他民族の詩歌を用いるよりは、日本詩歌で綴る方が余程宜しいのである。

 漢詩詞創作は作者の偽りない心を、文字に顕す行為である。偽り無い心と謂っても、単に表面的な景物や事象云々は、敢えて詩詞に綴る程の事柄ではない。然し作者自身の偽り無い心を顕せば、身の不利益は覚悟せねばならない。

 詩詞の本旨は、創作者個人の意思を、文字を使って他者に訴える手段の一つである。因って既に創作者には持論があり、其れを受け止める読者にも持論が要求される。

 作品の本義は、創作者の持論と詩を読む者の持論とが、交わった處に顕れる。因って持論の交わらない読者には、本義が読み取れないという宿命がある。因って持論を共有する相手にだけ、私意を伝達するには有効な手段である。

 

 日本人が漢詩詞作品を読む場合は、先ず文字面を読み取らなければならない。これは誰が読んでも殆ど同じである。

 

 この講座全巻は勿論のこと、本冊での読み取りも、此処までである!

 次に、本義を読み取る。これは、作品を読者個人の持論に照らし合わせて、その交点を見出して読み取る。読み取りの如何は、当人の云々による。

 因って、著者と読者とは持論が異なるので、著者が懇切丁寧に作品の本義を書いたとしても、読者の読み取る本義と、同じとは限らない。強いて著者が本義云々を説けば、それは読者の持論に口を挟む、傲慢な態度と謂える。

 

 この講座は、現代中華詩詞壇に通用する漢詩詞を創作する爲のテキストである。執筆を完了した十巻(続巻執筆中)

一段落として、茲に出版する。

1−通説 歴史と詩形

2−通説 詩体詩派

3−通説 詩法と曄歌

4−概説 持論

5−概説 創作と書籍

6−詳説 叙法と定型

7−詳説 句法と對法

8−詳説 填詞

9−詩集 鶏肋集

10−別体 日本漢詩辞典

11−応酬 渡海詩詞集

通説・概説・詳説・詩集と別体と応酬で構成される。

 此の別体を除く九巻を読み進めば、現代中華詩詞壇で、漢民族諸賢とほぼ等しい知識で応酬が出来る。

 

? 本書は務めて著者の手許にある書冊の一部を、購入利便の爲に、外見とISBNを併せて提示した。

 

本書の読み方

全巻共通

編輯後記は綿密に読む必要がある!

此から後は

1−紙面を一頁ずつ捲り、最後まで一通り眺める!

2−目次や索引の項目を一通り眺める!

3−本文のページを捲り、易しく読めるところだけを読む!

4−漢詩詞(漢語)作品を眺める!

5−気になる作品があったら、読める字だけで読む!

此で本書ので学習は終了です!

次の巻へ!

6−暇が出来たら、辞書を頼りに作品を読む!

 

 殆どの漢詩詞作品は、五字か七字の句で、語順は厳格だが、省ける文字は省いても成り立つ文法なので、辞書を頼りに誰にでも読める。 ○○主語+○○述語+○○客語

 漢詩詞は外国語の作品で、貴方は貴方の好きに読めば良いので有って、訓読法に拘束されることは全く無い。

曄歌坤歌偲歌瀛歌三連五七律自由漢詩笠翁対韻羊角対漢歌漢俳填詞詩余元曲散曲楹聯はこの講座に記載があります