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 自抒

 著者が填詞と関わったのは、三十歳代(当時はWindows がなく、Internet も普及していなかった)に、広州日報社の《詩詞報 隔週刊》を定期購読し、填詞に多くの興味を抱いたが、日本国内で填詞を知る者は居なかった。
 偶々“棚橋篁峯”先生が率いる訪中団に参加し、四川省楽山市を訪問したとき、同好の某氏が、著者が填詞を学びたい!と洩らした事を覚えていて、有料で添削指導してくれる指導者を紹介してくれた。
 以後数年、先師が他界するまで、某大学教授の指導を受け、一通りの詞法は学んだ!
 一番肝心なことは、
 詩と詞は異なる!
 詞は詩の類型ではない!

 その後、国内資料と《詩詞報》を基にして、填詞譜圖を編輯した。然しこれは国内の填詞譜圖を参考にしたので、間違いも多く価値のない上梓であった。
 そのご漢詩詞講座の一環として、填詞譜圖を編輯することとした。前回の譜圖の間違いを逃れるために、Internetから欽定詞譜や白香詞譜をDownloadして使うことを思い立った。これならややこしい譜圖の鍵盤打をしなくとも済むのである。
 この事を漢族詩友に話したら、止めろ!・・と言われた。
 『中山君が上梓するなら、中山君の知識に依らなければならない。欽定詞譜や白香詞譜は古典鑑賞のための資料で、現代の君達が創作するための資料では無いのだ! 現代人が創作するための資料は、君が持っている機関誌紙の記事に書かれている! 君も詩人の端くれなら、資料を丸写しして、人を欺くようなことは止めろ!』と謂われ、怠惰から目が醒め、我に返った!
 中華詩詞壇から贈られてきた機関誌紙は、一冊に填詞記事全部が載っているわけではない。幾つかが作品解説の資料として載っているのである。然しこれを全部集めれば、現代漢民族が採用している詞譜を全部集めたことになる。
 機関誌の記事は、中国人の知識を前提にした記述である。無論著者も其れで学んだのだから、理解はできるが、日本人向けには、著者の筆で新たに書かなければ成るまい。
 依って新たに填詞を学ぶ者を対照に、填詞の基礎から解説を為した。
 本冊を学べば、漢詩の知識が少ししか無くとも、填詞の創作が出来るように留意した。

 ただ此処で最も重要で最も難関は、
 詩と詞は異なる!
 詞は詩の類型ではない!
 これを身に付けなければならない。

 最も難関は、日本漢詩を学んだ者は、日本漢詩を完全に払拭しなければ、門前にも辿り着けない現実がある。

 さて日本には、漢詩詞創作を志す者はいるのに、専門家ばかりで実務家が少ない。
 創作には、それ程の専門的な知識は必要ないのにも拘わらず、専門知識の取得に翻弄され、此が却って創作の妨げに成っている。
 著者は読者諸君に申し上げよう!全部理解してくれとは謂わない!全部覚えてくれとも謂わない!
 先ずは概説と詞牌を数ページ読んでくれ!と謂う。生半可な知識でも直ぐに創作に着手してくれ!と謂う。間違い半分の作品でも、創っている中に、段々に間違いは少なくなるものだ!暇が出来たら一通りは読んでくれ!と謂う。
 専門家と実務家とは所詮異なる存在である。専門家として飯を食おうと志す者ならいざ知らず、余技として創作を志す者に、専門知識は余り必要としていないのである。
 此は何事にも謂えることで、例え専門知識を身に付けたとしても、其れは其れだけのことである。
 本稿は中華詩詞壇に通用することを前提に編輯した。日本にも詞を語る者はいるが、その殆どは専門家で、実務家ではない。著者は実作者であって研究者ではない。愉しく作れる事が重要で、填詞は、詩と比べたら数段の面白味があること、請け合いである。

 日本では本冊の他に、創作のための填詞解説書は未だ目にしない。

曄歌坤歌偲歌瀛歌三連五七律自由漢詩笠翁対韻羊角対漢歌漢俳填詞詩余元曲散曲楹聯はこの講座に記載があります