漢詩詞句法主客転換 中山逍雀漢詩詞填詞詩余楹聯創作講座こちらからもお探し下さい

主客転換TopPage

 詩詞を綴る上で、作者が何時も主語、主人公と成るとは限らない。客観描写も作者が鳥瞰するような描写となり、此は普段多く用いられる詩法である。

 例えば公園に大樹が有るとしよう。公園が作られる以前は森の一部で、多くの樹木の縁者が茂っていた。人の都合で殆どは斬り殺され、数本残された公園の樹も、人の都合で殺されずに済んだまでの事である。

 公園の樹木の立場から、公園を行き来する人類を見たとき、自分の悲惨な過去と重ね合わせて、どのように見るのであろうか?即ち主客転換の詩法である。

 文明の産物、自動車は人類が生命を与えた利器である。自動車にしてみれば、人類は色々な資源を組み合わせてこの世に生み出してくれた。自動車には、馬鹿も乗れば利口も乗る。上手も乗れば下手も乗る。品行方正も乗れば助平も乗る。

 散々使いたい放題に使い、使えなくなると道端に捨てる馬鹿もいる。遂には焼かれて自動車ではなくなる。此も自動車を主語にした発想、詩法である。

 主語が「人」で無いからと謂って、作者の心境を述べないものではない。即ち、ものを借りて情を写す「興」の詩法である。

  石 佐藤達子
舊徑安吾分,無言對客題。
昔年聞牛笛,今日被塵泥。

  竹扇 佐藤達子
年来交誼厚,一握趁涼過。
秋到終無用,居然似破荷。

 

楹聯散曲元曲自由漢詩笠翁対韻羊角対漢歌漢俳填詞詩余曄歌坤歌偲歌瀛歌三連五七律はこの講座にあります